夢ってなに?(パロル舎) 秋山さと子著

いつのことだったか、荘周(荘子・わたし)は夢の中で胡蝶となった。ひらひらと舞い歩く胡蝶となった。私は心いくばかりその愉しみにふけり、私が私であることも忘れた。
やがてふと目が覚める。すると私はやっぱりまぎれもなく現身(うつしみ)の私だ。
だが、この現身の私が夢の中で胡蝶になったのだろうか。それともあの胡蝶が、夢の中で私になっているのだろうか。
なるほど現在の相(すがた)に執着すれば、荘周と胡蝶にはれっきとした区別(けじめ)があろう。だがそれは、よろずのもののはてしない変化の中の仮の相というべきであって、実在の世界にあっては、荘周もまた胡蝶であり、胡蝶もまた荘周でありうるのだ。(荘子・斉物語編)

夢の中でも我々は実際になにかを体験して、泣いたり、笑ったり、嬉しがったりする。それも心理的な経験という意味では、実際に感じたり、考えたりすることで、現実の体験と変わりはない。(151~152)

この夢から始まった物語(わらしべ長者)も、ユング風に考えてみるとなかなか面白い。この貧乏な男はまず正反対の立場の金持ちの子供に出会う。そして彼にとってはうるさいだけでまったく意味のない昆虫と、この金持ちの子には珍しくないので、別に欲しくない果物と交換する。つまり彼は心の中の影のような正反対の立場にいるものに出会って、持っているものを苦監視、少しは自分の無意識を知ることになったと思う。その次に出会うのがお姫様で、ユング風に言えば、アニマとの出会いだ。(168)

この天女が悲しんだのは、そのかごの中には天の宝が一杯に入っていたのに、現実の地上の宝しか見てない男には、それが見えなかったからだ。この物語は、日本の「かぐや姫」の話だとか、羽衣伝説に似ているところがある。あまり、人が地上の現実ばかり考えていたら、つまらないという物語だと思う。(159)

明恵上人の夢日記は、覚えている限りの夢について、とても正直に書いてあって、その中にはお坊さんなのに、女性のイメージが出てくることもよく知られている。この人はその他にも、神通力があると信じられていたり、座禅をしていて空中に浮きあがったとも言われている。(175)

スウェーデンボルグ・大火・夢(175-176)

アーサー・ケストラー「ホロン革命」
「船長がポケットに封印された公開指令書を入れて海に出る。その指令書は、航海に出て初めて開くことが許されている。彼は、不安が解消されるその瞬間を待つ。しかしその時が来て、封を開けてみると、そこには目に見えない指令文しか入っていない。どんな科学処理をほどこしてみても見えるようにならない。が、時折、単語が見えるようになったり、子午線を示す数字が見えたりする。しかし、また消えてしまう。船長には指令文が正確に読み取れない。指令文に従ってきたのか任務を失敗したのかもわからない。しかし、ポケットに指令書を持っているという意識があるため、それをうまく解読できないにもかかわらず、船長の考えと行動は、遊覧船や海賊船の船長のそれとは違う。」
夢はきっと、ところどころしか見えないインクで描かれた海図のようなものかもしれない。(54)

考えてみれば、どうして1日は24時間で、時計は12しか数字がないだろう。(76)


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時郎、単語が見えるようにな